115系のあゆみ(旧・JNR115の軌跡)

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概要

2015年5月より制作を開始した鉄道系同人誌です。 もはや戦後ではないという言葉が流行りだし、国鉄が動力の近代化に向かうさなかで産まれ、東は黒磯から西は下関までの直流電化路線を湘南色や山スカ色をまとって走破した115系の登場55周年(2018年)を記念して製作中です。 1921両と両数では 113系に劣るものの、全国の直流電化区間を走り、地方の発展に寄与したという事柄から同人誌として制作することとしました。 どうぞご期待ください。 (写真提供にご協力いただきました方々に、この場で深く御礼申し上げます。)

構成について

115系の登場からシティ電車施策・国鉄分割民営化までを取り上げます。 上記内容を七章に分けて刊行いたします。

各章案内

第一章 115系の登場

サブタイトル:115系の登場とその時代背景
2016年5月、COMIC1・コミティア116 新刊
当刊の表紙は、キハ181系つばさ様より許諾いただきました高崎線を走る115系0番台冷改車の写真を使用します。 時は、1960年代。 忌まわしいと言われた太平洋戦争が1945年に終結し、それから数えて15年の年が過ぎていた。 朝鮮戦争に伴う特需により、日本経済は復興を遂げ、”もはや戦後ではない”という言葉が流行っていたころ。 国鉄(日本国有鉄道)では、動力近代化計画をたてて蒸気機関車を効率のいい動力分散方式の電車や気動車に置き換える施策を進めていた。 そのうち、電車においては、401系・421系・111系といった101系で培われたMT46電動機(100kw)・CS12主制御器ベースの車両が登場していた。 しかし、日光線・上越線などの山間部、世に知られる急勾配区間(瀬野八)が存在する山陽本線などの路線でも電化が推進されることになった。 上記の101系ベースの機器では、上記路線に投入した場合、電動機の熱容量の関係から電動車比率を増やさざるをえず、不経済的であった。 そのため、国鉄は111系をベースとして、新型の120kw大出力モータとノッチ戻し/抑速ブレーキ機構を備えた115系を設計し、東北本線・高崎線に登場させた。 当章では、115系の登場と昭和30年代という時代背景に触れつつ、それに盛り込まれた機構・技術などを解説します。
イベントで好評につき、2016年6月よりCOMIC ZIN様にて委託販売(専売)しておりました(2017年11月21日現在、売り切れ済)。
※2017年12月31日、コミックマーケットC93・東W57b POS CCT LABにて少部数再生産のうえ、委託頒布いたします。 これ以降につきましては、PDF版の頒布のみDL Market・boothにて頒布をする予定です(本としての生産は、今回のコミックマーケットC93をもって終了となります)。 なお、国会図書館へ献本を行っており、国会図書館でも閲覧可能です。

第二章 中央本線への投入

サブタイトル:山スカの登場
2018年5月開催のコミ1を目標に頒布する計画です
1966年、中央本線甲府-松本間の電化、初鹿野(現・甲斐大和)-笹子間などの部分複線化が完成した。 それとともに、電車特急あずさ号の運転が開始された他、客車列車・70系電車置き換え用として115系0番台が中央本線に投入されることとなった。 当時中央本線を走っていた70系電車から受け継いだ横須賀色をまとい、クモハ・低屋根のモハを含む3両編成にサハ2両を挟む出で立ち。 上野口と同じ115系、同番台ながら印象の異なるグループとなった中央本線115系0番台の軌跡についてまとめます。 今回は、中央本線115系0番台の登場に至るまでの経緯、第一章で割愛しましたモハ114形800番台、サハ115形、クモハ115形の車種解説。 遜色急行(横須賀色サロ165連結の急行かいじ・かわぐちも含む)・普通・富士急行乗り入れなどの運用、中央本線サハ115出自で下関に残るクハ115-608の解説も致します。 ※諸事情により延期となっていましたが、2017年11月末より制作を開始いたします。
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